2007.12.11 Tuesday
世界一のサッカー選手

いま世界一のサッカー選手といっていい、ACミランのカカ。浦和レッズがコマを進めたことで、レッズとの対決が"俄然強め"に注目されますね。
月曜日は横浜で、そのカカが出席したアディダスの新スパイクの発表会がありました。思ったより報道は少なく、ムービー2社にスチル8社ほど。「世界一の選手がきているのに!」と嘆いているサッカーファンの記者がいましたが。
ACミランといえば、ちょうどJリーグが開幕してどんなカードでもチケットが"にゅうてこなん"だった時期、まだまだ大人気の海外チームでしたね。もうフリットやファンバステンはいなくなっていたけれど、パパンを入れて、トヨタカップではサンパウロと戦った。根強い人気があって、草サッカーの練習などに行くと、あちこちに赤と黒のユニフォームを着た人が目立ちました。
草サッカーの監督をしていたので、当時は週に2回、ボールを蹴っていました。みんな社会人なのによくやるよ、と思いますが、Jリーグで新たにファンになった人も多く、サッカーが本当にブームだったんですよね。
チームには、いろんな人がいましたよ。テレビのプロデューサーさんから医療系の会社員、ピアノの調律をやっている人までね。みんながサッカーに興じていました。アンディーといって、英会話学校で先生をやっていた英国人がいたことが、ウチのチームのウリでした(笑)。
毎週水曜日に、芝公園で。週末は土日のいずれかに、多摩川か江戸川のどちらかで。そして当時はおさえるのに苦労しましたが、たまに目白のグランドを予約して練習をしたり。
いまはどうか知りませんが、当時は多摩川より江戸川のほうが整備されていてね。多摩川は場所をよっぽど選ばないと危ないというか、足元がぼこぼこしていて、たまに穴があったりね。だから、時間はかかっても江戸川まで行くことが多かったですね。
それで、そのころはいま考えるとだいぶやせていました。監督ですからね、選手みたいな運動量はないわけだけど、それでも週に2回練習に行って、体を動かすわけで、それだけの運動で本当にぜんぜん違うんですよね。
すごかったな〜。中学生のとき、初めてサッカーボールを買いに行ったときは、スポーツ用品店の一角にミカサのボールがいくつかあったぐらいで、スパイクなんかもアディダスぐらいしか置いていなかった。
それが、そのときは、軒並みサッカーショップができちゃって。もう、なんでもあるって感じじゃないですか。
私は、自分の目の黒いうちに日本のサッカーがプロになるなんて、高校のときまでは想像もしていなかったんですよ。サッカーって日本人には向かないんじゃないかな、足蹴にするっていう言葉があるぐらいだから、感覚的になじまないんじゃないか、と。
でも、そうではなかった。社会のあり方も、時代によって変わってきて、サッカー的な感覚も受け容れられる社会へと変化していたんですよね。
自分の思い込みの浅はかさを感じましたよ。目いっぱいサッカーが好きで、世界のサッカー事情も知識だけはあちこちから仕入れていたんですけどね。
しょせん思い込みなんてものはね、それだけのものです。いつだって現実に打ちのめされる。よくも悪くも。
だから私は、モーニング娘。に思い入れは持っても、思い込みだけは持たないようにしたいんですよ。
思い込みすぎるとね、ありのままに楽しむっていう感覚が損なわれてしまう気がして。問題意識はいいのだけれど、何事も過ぎてしまうとね。せっかく楽しめるものも、楽しめなくなっちゃいますから。
それが高じると、一年中モーニング娘。を応援しているのに、一年中不満ばかり口をついて出るようになっちゃう。
芸能は、娯楽ですから。それはとても肝心なところだと思います。
